大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和54年(ネ)247号 判決 1983年1月28日

控訴人

株式会社エンドーミート

右代表者

遠藤昌彦

右訴訟代理人

佐藤興治郎

被控訴人

株式会社振興相互銀行

右代表者

佐藤久内

右訴訟代理人

三島保

三島卓郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙目録記載の土地について仙台法務局昭和五一年七月二三日受付第五八二七五号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、以下記載のほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し、原判決二枚目表八行と五枚目表一〇行に「対等額」とあるのを「対当額」と各訂正し、二枚目表一二行の「法定の代位弁済」を単に「弁済」と改める。

(控訴人の陳述)

一  請求原因(三)(原判決二枚目表四〜一〇行)で主張した元本確定の根拠法条は民法三九八条ノ二〇第一項一号であり、同号所定の「取引ノ終了其他ノ事由」とは、「担保スペキ元本ノ生ゼザルコトト為リタルトキ」の一例であつて、結局その後の継続取引がなされなくなつた事実が客観的外形的に認められることを指し、必ずしも根抵当取引の解約のみに限定されないと解すべきところ、本件においては「きくや」が銀行取引停止処分を受けたこと又は被控訴人が既述の相殺をしたことが右事由に該当し、右処分の日又は遅くとも相殺の日に元本が確定したということができる。

なお、被控訴人と「きくや」及び菊地美子らとの間の本件根抵当取引については、その契約書(乙第一〇号証)三条に「債権保全上必要と認められるときは、……貸出取引の中止をする。」旨の約定があり、被控訴人が債権保全のため本件の相殺をした以上、根抵当取引の終了と元本の確定は優に認められる。

二  原判決二枚目裏七行から三枚目表四行までに記載してある仮定主張の内容を次のとおり改める。

「(五) 仮に、原告(控訴人)が昭五二年一二月六日仙台法務局にした弁済供託(残元本及び約定遅延損害金の合計金三八二八万二四五九円)によつても本件根抵当債務の消滅が認められないとしても、右弁済が一部弁済にすぎないとする被告(被控訴人)の主張は、それが銀行の主張であるが故に、公共性と信用性を重視する銀行取引を支配する信義則と禁反言の法理に反し許されないというべきであるから、結局全額弁済に該当することに帰着し、根抵当債務消滅の効果をもたらすものである。右法理に対する違反とは、本件につき被告が残高証明書(甲第三号証の二)を発行し、菊地美子に対し本件定期預金を受働債権として相殺をなし(甲第三号証の一)、残元本に対する遅延損害金の算出までしている(甲第六号証)こと及び被告の右各行為による表示を信頼てし訴外株式会社リックは菊地美子ら三名から、原告は同会社から順次本件土地を買受けたことを指すのである。なお、庄司久男が本件定期預金は同人のものであると主張している旨を被告が原告に表明したのは、原告が本件土地を買受けた後のことであるが、仮に右売買契約に先立つていたとしても、その説明は相殺が争われているといつた程度のあいまいな言葉によるものであつたから、これによつて原告の前記信頼が左右されることはなかつたので、右の先後を問わず原告の利益は保護されるべきである。」

三  被控訴人の「仮に取引の終了により根抵当権の元本の確定があつたとしても、以下の理由により原告(控訴人)の弁済の提供は債務全額の弁済にあたらない」(原判決三枚目裏一二〜一四行に記載)との主張に対する控訴人の答弁は、次のとおりである。

1  原判決四枚目表一行から同裏一〇行まで(1ないし4項)に記載されている事実は全部認める。

2  同四枚目裏一一行から五枚目表一〇行まで(5項)に記載されている事実を認め、利益に援用する。その結果、即ち右5項記載の事実と控訴人主張の弁済供託により、本件根抵当債務が消滅したことは当事者間に争いのない事実として確定されるわけである。

3  同五枚目表一一〜一四行(6項)記載の事実は不如

4  同五枚目裏一〜七行(7項)記載の事実は認めるが、同丁八〜一二行(8項)記載の主張は争う。

四  被控訴人は別件訴訟の判決の参加的効力が控訴人に及ぶと主張するが、容認できない。

1  被控訴人は、控訴人から本件訴訟を提起されるや、間もなく庄司久男を被告として別件の債務不存在確認訴訟を提起すると共に、控訴人に対し別件についての訴訟告知をしたが、その一方で庄司久男、菊地美子外三名に対し本件訴訟を告知した。

このような両建て的訴訟告知がなされていることに留意すべきである。

2  本件控訴人と被控訴人との間の根抵当権の存否を訴訟物とするものであるのに対し、別件はこれとは別の控訴人と庄司久男との間の法律構成要件事実の存否を問題とするものであるから、控訴人は別件の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」には該当しない。いわゆる参加的効力は、訴訟告知を受けた者の総てに及ぶのではなくて、右の如き第三者にのみ及ぶのである。

3  被控訴人は、本件について控訴人の主張事実を全部自白しながら、第三者である庄司からの争いの存在を理由に別件を提起してその参加的効力を主張するが、全く矛盾している。このような主張は許されない。

(被控訴人の陳述)

一  被控訴人は、先に主張したとおり、昭和五二年五月一七日付をもつて、「きくや」に対する貸付金債権と菊地美子名義の本件定期預金債務元利合計一四五二万六一四〇円とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたが、右意思表示の効力を庄司久男や菊地美子等が争つて訴訟となつている以上、その有効無効の確定は裁判所の有権判断を待たざるを得なかつたところ、後記の如く右の相殺は無効ということに確定した。

二  控訴人は契約書(乙第一〇号証)三条に「貸出取引の中止」なる文言があることに言及しているが、これは根抵当権設定において一定の場合は貸出取引を「中止」されても異議ない旨を約しただけのものにすぎず、取引の「終了」についての定めではないから、控訴人の主張は失当である。

三  控訴人の前記二の禁反言ないし信義則違反の主張は争う。被控訴人は、控訴人に対し同人が本件土地を取得する以前に相殺の効力につき争われていることを告げているし、その他これまで主張して来たことからして、禁反言の法理に牴触するとか、信義則に違背するというような非難を受けるいわれはない。

四  本件根抵当取引が終了していないことについては、原判決三枚目裏一〜九行に摘示されているとおりであるが、更に、近時企業が倒産した後、従業員や取引先からの要請で金融機関が当該企業の再建を検討する必要に迫られることが少くないのは公知の事実であろう。そのような場合金融機関は債権保全策としての当否とか、社会的影響の程度等との関連において検討を加え、右の如き社会的要請にこたえる場合も多いのであり、金融機関のみの意向から取引を打切つたりするのは、その公共的使命を十分に果しえないこととなるのである。従つて、相殺の効力の有無を論ずるまでもなく、控訴人の請求は失当であるといわなければならない。

五  別件訴訟、即ち原判決五枚目裏に摘示している被控訴人を原告、庄司久男を被告とする仙台地方裁判所昭和五三年(ワ)第二二号事件につき、被控訴人は控訴人に対し昭和五三年二月三日到達の書面でもつて法定の訴訟告知をしたところ、同事件につき昭和五六年一二月二五日被控訴人敗訴(被控訴人の請求棄却)の判決があり、同判決は昭和五七年四月二日控訴取下により確定した。

別件訴訟では、本件定期預金の帰属と本件で問題となつている相殺の効力がそれぞれ争われたものであり、従つて、控訴人はこれに参加しうる利害関係ある第三者の一人であつたが、右確定判決は本件預金が庄司久男に帰属すると認定した上で、前記相殺を無効であると判示したものであるから、その参加的効力により控訴人は本件において右認定と判示に拘束されざるをえないものである。

よつて、控訴人の本訴請求はこの点においても棄却されるべきである。

(証拠)<省略>

理由

一訴訟告知による参加的効力について最初に判断する。

<証拠>によれば、別件訴訟、即ち被控訴人を原告(反訴被告)、訴外庄司久男を被告(反訴原告)とする仙台地方裁判所昭和五三年(ワ)第二二号債務不存在確認本訴、預金返還反訴請求事件について、昭和五六年一二月二五日、被控訴人の本訴講求を棄却し、庄司久男の反訴請求を認容する判決の言渡しがあり、右判決が昭和五七年四月二日控訴取下により確定したこと、右訴訟において、被控訴人は控訴人に対し、昭和五三年二月三日到達の訴訟告知書により、法定の訴訟告知をしていたこと、右確定判決は、本件定期預金、即ち昭和五二年三月三一日に被控訴人に預入れられた金額一四五〇万円、満期同年六月三〇日、預金名義人菊地美子の定期預金が庄司久男であると認定し、訴外株式会社きくやとの本件根抵当取引契約に基づいて被控訴人が本件定期預金債権を受働債権とした相殺の意思表示については、菊地美子を右債権の準占有者と見ることもできないとして、その効力を否定する判断をしたものであること、以上の各事実を認めることができる。

一方、本件訴訟における控訴人主張の請求原因は、控訴人は本件根抵当権が設定されていた本件土地を買受取得した。右根抵当取引上の債務は被控訴人がした前記相殺と、控訴人が残額全部についてした適式な弁済供託とによつて消滅した、従つて本件根抵当権は消滅したから、この抹消登記手続を請求するというものである。

民訴法七八条が定める訴訟告知の効力は、被告知者が「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」(同法六四条)に該当する場合、判決の確定後被告知者が告知者に対してその判決が不当であると主張することを禁ずる効力であり、右の利害関係とは、当該訴訟の判決でなされた訴訟物についての判断と被告知者の法律的地位との間に法論理的関係が存すること、換言にすれば、被告知者の法律的地位が訴訟物たる権利関係の存否を論理的前提とし、これによつて直接に影響される関係に立つていることであると解するのが相当である。

このような理解の上に立つて検討すると、別件訴訟の訴訟物は庄司久男から被控訴人に対する定期預金債権の存否であり、控訴人の法律的地位は同人が買受取得したと主張する本件土地につき本件根抵当権を未だ負担しているか否かということであつて、法論理的関係からいえば、前者の存否は後者の法律的地位の前提になつていないのは明らかである。一見すると関係あるかに見えるのは、被控訴人のなした相殺が有効であれば、受働債権たる右定期預金債権と同額だけ本件根抵当権の被担保債権額が減少するという事実上の関連が生じうるからであるのにすぎない。このことは、別件訴訟が相殺とかの債務消滅事由と全く関係のない、純粋に定期預金債権の帰属如何だけを争点とする債務不存在確認訴訟であつたと仮定すれば、一層明らかとなる。控訴人は別件訴訟の判決につき、その当不当を主張する法律的利害を有しないものである。前記の第三者に該当するか否かは告知者の主観的利益を基準として判定すべきであるとの見解もあるが、当裁判所の採らないところである。

以上の次第であるから、被控訴人は、別件訴訟において控訴人に訴訟告知をした上で、本件でも問題となつている定期預金債権が庄司久男に帰属し未だ存在していると判断されて敗訴の判決を受け、該判決の確定を見たのであるが、民訴法六四条所定の利害関係を有する者ではない控訴人に対しては、右判決のいわゆる参加的効力が及び旨の主張をすることはできないといわなければならない。従つて、被控訴人のこの点の抗弁は採用できない。

二そこで、本件の実体関係について検討するに、控訴人主張の如く本件根抵当権が消滅したというためには、(イ)その根抵当取引が終了して債務額が確定したこと、(ロ)控訴人主張の弁済供託によつて債務全額が消滅したこと、の二点が成立しなければならないが、更に、右(ロ)の如くいいうるのは、その前提として、(ハ)本件定期預金債権が訴外菊地美子に帰属し、これを受働債権として被控訴人がなした相殺が有効で右定期預金債権と同額だけ根抵当の被担保債権が減少している場合である。別件訴訟で、本件定期預金が庄司久男に帰属し、従つて右相殺は無効であるとの判決がなされ、該判決が確定したことは前段で説示したところであるが、この事実を勘案しつつ、<証拠>を総合して検討すると、訴外株式会社きくやは、昭和五一年七月頃ビルディングの建築を計画し、その資金の一部を調達するため被控訴人と極度額八〇〇〇万円の相互銀行取引契約及び本件根抵当権設定契約を締結して、その枠内で五〇〇〇万円を借受け、その見返りとして被控訴人から協力預金をするように求められたが、同会社自体も代表者の菊地美子にもこれに応じうるだけの資金の余裕がなかつたため、かねてから協力者となつていた庄司久男に菊地美子が協力預金をしてくれるように依頼し、その結果被控訴人銀行の係員も右の実情を承知した上で、庄司久男がその資金で菊地美子名義の本件定期預金をした事実を認めることができる。乙第二号証中の記載及び小川証人の証言中右認定に合致しない部分は前掲その余の証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。又、庄司久男が前記各契約につき連帯保証人等の契約当事者になつていたこと及び菊地美子が本件定期預金の証書とその届出印を所持するなど、右預金債権の準占有者であると判断されるに足る事情が存在していたことを認むべき証拠もない。

以上説示の各事実からすると、爾余の点について判断するまでもなく、本件定期預金の預金者は庄司久男であるというべきであるから、これを受働債権として被控訴人がした前記相殺は何らその効力を生じないため、本件根抵当権の被担保債権はその分減少しておらず、従つて、控訴人主張の弁済供託によつても右被担保債権の全額が消滅したことにはならないので、本件根抵当権は依然存続しているといわなければならない。

控訴人は、被控訴人が残高証明書(甲第三号証の二)を発行し、残元本に対する遅延損害金の算出(甲第六号証)までしていながら、自らなした相殺によつて本件根抵当権の被担保債権が減少していないと主張するのは、公共性と信用が重視されるべき銀行の主張であるが故に、禁反言と信義則に違背し許されないと主張するが、独自の見解を前提とするものであつて採用できない。なお、<証拠>によれば、控訴人は訴外株式会社リックとの間で同社から本件土地を買受ける契約をした昭和五二年九月二七日より以前の同年八月二九日頃、被控訴人荒町支店の小川次長から、菊地美子以外の第三者から前記相殺の効力に関し苦情が述べられ紛議が生じている旨の説明を受けたことが認められる(この認定に反する当審における控訴人会社代表者尋問の結果は採用できない)から、この点からしても控訴人の右主張は理由がない。

三よつて、控訴人からの本件根抵当権設定登記抹消登記手続請求を棄却した原判決は結局正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(福田健次 小林啓二 斎藤清実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例